2011.06.08.Wed スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| | - | - |
2011.05.13.Fri ういちゃんの色鉛筆

ゴールデンウィーク前に届いた、ういちゃんからの絵のプレゼント。

色えんぴつのタッチも、ほんとかわいくって、ういちゃんの絵を見ると、いつもにんまりしてしまう。



yum yum、たいちゃんの食いしん坊っぷり、よく出てます、ふふ。 この小さな仲良し二人組も、かわいすぎるー。

ういちゃん、どうもありがとうございます!

子育てスタイルのランキングに参加しています →     

↓ うちも使ってる、はじめてのクレヨン。そろそろ、たいちゃんもクレヨンデビューかな。

| 19:40 | comments(0) | 暮らし |
2011.04.26.Tue おっきい ばあちゃん
私が住んでいるこのあたりでは、ひいおばあちゃんのことを、おっぴばあちゃん(おっぴさん、ぴいちゃん)と言うのだそう。

ちづるが喋り始めた1〜2歳頃、「おっぴばあちゃん」だよと教えたら、聞き間違えて、「おっきいばあちゃん」と言うようになり、そのままみんなが「おっきいばあちゃん」と呼ぶようになりました。

その、おっきいばあちゃんが、天国へ行きました。入園早々ちづるも幼稚園をお休みして、お通夜・火葬・お葬式に列席。ちづるには、おっきいばあちゃんにさよならするんだよ、と教えたけど、まだ4歳には難しかったね。

桜の季節のお別れ。90年間、本当にお疲れさまでした。
ひ孫たちを、うんと可愛がってくれて、ありがとうございました。



子育てスタイルのランキングに参加しています →     
| 22:41 | comments(0) | 暮らし |
2011.04.10.Sun これが余震だなんて

7日の夜中、日付けが変わる少し前に、突然の大きな地震。

ギシギシ家がきしんで、食器がぶつかってガチャガチャ音をたてる。体が揺さぶられて、恐怖心でいっぱいになる。あの日から、もうすぐ1ヶ月だなぁ、なんて思っていたら・・・。油断すんなよ、とでもいわんばかり。(揺れは強かったけど、揺れの長さはこの間よりも短かったと思う。)

すぐに寝室に行ってみた。ちづるは目を開けたけど、眠気の方が強かったらしく、もごもごと何か喋って、また眠りについた。良かった、その方がいい。たいちは起きたけど、ちっとも泣かない。トトは残業で会社から帰っていなかったので、すぐにメールした。

このあとの行動は、3.11の地震から学んだこと。台所の水道で、水用のポリタンクに水をためて、お風呂場に残り湯はあったけど、更に水を溜めて・・・としていた時に、バチっとブレーカーが落ちて真っ暗になった。

予想はしていたけど、夜中の停電は怖い。すぐに分かる場所に懐中電灯を置いてたので、明かりをつけて、ラジオで情報を聞いた。

あのときと同じ、震度6弱。沿岸部には津波警報も出ていた。

少しして、トトが帰ってきた。しばらく二人でウロウロ落ち着かず、ラジオを聞いたり窓の外を眺めたりした。ラジオで、この前の余震だということが分かった。これが余震だなんて。

津波警報が解除されたので、ひとまず眠ることにした。朝になって起きた時には、意外にも電気は復旧していたし、水も出ていた。ライフラインはひと安心。

耐震グッズ効果か、大きな被害はなかったけど、地震対策用のつっぱりは4本中3本は転げ落ち、オーブンレンジは半分棚から迫り出し、食器は4つ割れていた。

−−−

広範囲の地震、大規模の停電で、青森の実家は翌日の午後まで停電していたんだとか。今もまだ、停電している世帯もあるようですね。トトの会社は、また断水になったそうだし。

また近々、こんなレベルの地震が起こる確率も高いという話だし、本当に気が休まりません。いつも気持ちがざわざわしています。

子育てスタイルのランキングに参加しています →     

| 00:51 | comments(0) | 暮らし |
2011.04.06.Wed かみさま、たすけてください

震災当日のことから、アパートに戻るまでのことを、日記にしました。決して忘れないように。

---

今日の時点で、全国での死者が1万人以上、行方不明者が1万5千人以上。

あの震災から1ヶ月も経とうとしている今は、パソコンも使えるし、ガソリンも並ばずに買える。ATMでお金を引き落とせるし、宅配便も自宅まで届けてもらえる。伸び放題だったちづるの髪も、美容院で切ってもらえたし、多少の品薄感はあるものの、スーパーで並ばずに買い物も出来るようになりました。

まちの中は、いつも通る所が給水所になって自衛隊の車が常駐していて、クリスマス会をした場所が避難所になっていて、サークルの運動会をした体育館が遺体安置所になっていて・・・という変化はあるものの、津波の被害が無かったこの辺りは、徐々に普段の生活に戻りつつあります。

ただ、沿岸部に向かって少し車を走らせれば、こんな悪夢のような風景が広がっています。まちの半分が津波で流されたという言葉は、大げさなんかじゃない。テレビの中の出来事じゃなくて、すぐそこで、現実に起こったことなのです。

これを表現する言葉もみつからない。体中のちからが抜けて、重くなる。

あとは通行止めになってたけれど、この先はおそらくもっと酷い瓦礫の山で、その下には行方不明者が埋まっているのかも知れない。







先日、ちづると散歩していた時のこと。神社の前を通りかかった時に、「かか!かみさまにたすけてもらったから、ありがとうしなきゃ!」と言って、私の手を引っ張りました。

すぐに頭に浮かんだのは、地震があった時、ちづると一緒に「神様、助けてください」と何度も何度も言ったこと。命を助けてもらったからお礼がしたいということらしい。ちづるは、よく遊びに来るこの神社を思い浮かべながら、必死に祈っていたんだなぁ。

助けてもらったから、お礼をする。そうだよね、その通り。大事なことを娘に教えてもらいました。

地震の名残で、あちこちに大きな石灯籠がごろごろ転がったままの神社。ちづると一緒に、手を合わせて来ました。



神様、子どもたちの命を助けて下さって、どうもありがとうございます。
それから、どうか被災者の皆さまが、心穏やかに過ごせる日が来ますように。

子育てスタイルのランキングに参加しています →     

| 22:17 | comments(0) | 暮らし |
2011.04.05.Tue アパートの復旧作業

 3月27日(日) 震災17日目

ちづるとたいちを預かってもらって、8時から17時過ぎまで、ほぼ休憩もとらず、一心不乱にアパートの片付けをした。引越し並みに重労働。

地震の時、ガラスの音がガチャンガチャン響いてたので、どれほど割れたのか覚悟してたけど、意外にもお皿とコップ合わせて3つ程度、破損しただけだった。

耐震用ジェルマット、壁と固定するチェーン、ふんばるくんなど・・・。倒れた家具を作り直すついでに、しっかり耐震対策もした。(はじめからこうしていれば、子どもたちにあんなに怖い思いをさせずに済んだのにね。)



アパートに戻りたい気持ちが、集中力を上げたかも知れない。一日でなんとか全部屋、子どもたちも安全に住める状態にまで復旧した。おぉ、嬉しい!

この日の夜、じいちゃんばあちゃんにお礼を言って、あわただしく荷物をまとめて、子どもたちを連れて帰ってきた。

ちづるは、アパートが怖いと言って、帰り際はうんと泣いたけど、元通りになった部屋を見て、すごく喜んでいた。あれもこれもとオモチャを引っ張り出して、テンションが上がって、寝る直前までお喋りが止まらなかった。

子どもたちを寝かせた後、クタクタで眠かったけど、今度は冷蔵庫の掃除をした。電気が通ってからも、不在中はブレーカーを落としていたので、2週間以上も放置された冷蔵庫。悲しいけど全て廃棄、すっからかんになった。

子育てスタイルのランキングに参加しています →     

| 23:13 | comments(0) | 暮らし |
1/15 >>
▲Page top


Log in | RSS1.0 | Atom0.3 |design
(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.